60th EMMY 2008年のエミー賞
60年間のテレビ史を一気に振り返る

今年のエミー賞は、アメリカで最も影響力がある女性として知られる人気司会者オプラ・ウィンフリーのスピーチで幕を開ける。
「テレビほど、人々を繋げてくれるものは存在しません」
壇上に立ったオプラは、ほどよくジョークを交えながら、テレビの教育的側面を列挙していく。トーク番組の司会業を軸に、啓蒙的なメディア事業を幅広く展開し、熱心な慈善家でもある彼女の言葉には説得力がある。
ほんの2分ほどのスピーチは、ロサンゼルスのノキア・シアターに詰めかけた7000人あまりの観客、ならびに世界の数千万人の視聴者に今年のエミー賞の特色を端的に伝えた。本年度の主役は、きらびやかなドレスを纏った女優でも、最多ノミネートを獲得したテレビドラマでもない。テレビ文化そのものなのが主役なのだ、と。
第60回という節目にあたった今年のエミー賞授賞式は、テレビ史を振り返るイベントが盛りだくさんだった。
人気歌手のジョシュ・グローバンは、「フレンズ」や「サウスパーク」から西部劇の「ローハイド」に至るまで、有名番組の主題歌メロディを熱唱。また、テレビ史に残る有名番組を記念したコーナーも用意されていた。60年間の有名番組を一気に駆け抜けるわけだから、当然、日本で生まれ育った30代の自分には馴染みのない番組も登場する。リアルタイムで知っているのは、「ザ・ホワイトハウス」や「シンプソンズ」から「隣のサインフェルド」までで、"Mary Tyler Moore"(1970-77)や「M★A★S★H」(1972-83)なら再放送で見たことがあるという程度。「ロス市警犯罪ファイルドラグネット」(1951-70)や"Laugh in"(1968-73)となると、まったくのお手上げである。しかし、それぞれ紹介時間が短く、インパクトの強いところだけをピックアップしているので、むしろ好奇心を掻き立てられた。入手可能なものは、ぜひ視聴してみたいと思う。
大いに笑い、盛大な拍手を送る観客たちに囲まれながら、ぼくはアメリカのテレビ文化の奥深さに打ちのめされていた。
テレビドラマに限っていえば、いまのアメリカが黄金時代にあることは誰しも意見の一致するところだと思う。米有料チャンネルのHBOが『ザ・ソプラノズ』や『セックス・アンド・ザ・シティ』、『シックス・フィート・アンダー』といった野心的で質の高いドラマを開拓し、メジャーネットワーク局が(スポンサーの理解を得て)それに追随することでドラマ革命が起きたと言われているが、そもそもドラマ作りを支えるクリエイターやタレントが育っていなければ、いまのような黄金時代が訪れるはずもない。
今回のエミー賞授賞式は、空前のドラマブームが突然変異で生まれたのではなく、長い伝統の上に築かれていることを再確認させてくれたのだ。
テレビドラマの未来を映す受賞結果

授賞式のイベントが過去60年の伝統というテレビの「過去」を描いていたとすれば、受賞結果は、テレビの「未来」を指し示している、と言えるかもしれない。ドラマ部門の作品賞を受賞した"Mad Men"をはじめ、主演男優賞(ドラマ部門)のブライアン・クランストン("Breaking Bad")、主演女優賞(ドラマ部門)のグレン・クローズ(「ダメージ」)、助演男優賞ジェリコ・イヴァネク(「ダメージ」)と、ドラマ部門の主要賞を受賞したのは、いずれもベーシックケーブル局(無料で視聴できるケーブルチャンネル)で放送中のドラマである("Mad Men"と "Breaking Bad"はAMC、「ダメージ」はFX)。FXやTNTといったベーシックケーブル局は数年前から野心的なドラマを生み出しており、アカデミー会員はこうした動きを評価したものと言える。
個人的には「LOST」がドラマ部門作品賞を逃したのが悔しいが、すでに人気が確立されているメジャー番組よりも、視聴者数が少ない新興番組に光を当てることの意義は理解できる。もうひとつのお気に入りドラマ"Pushing Daisies"が、コメディ番組部門の監督賞(バリー・ソネンフェルド監督)を受賞したので、まあ良しとしよう。
「24」や「プリズン・ブレイク」、「グレイズ・アナトミー」といった日本でお馴染みの番組が脚光を浴びるわけではないので、今年のエミー賞授賞式を縁遠く感じる人がいるかもしれない。しかし、アメリカのテレビ史に興味がある人はもちろん、まだ誰も知らない新ドラマを探している人にとって絶好の機会ではないだろうか。
史上初!司会者がなんと5人!

今年のエミー賞授賞式について語るうえで、司会者に触れないわけにはいかないだろう。
エミー賞に限らず、アメリカの授賞式において司会者の役割は非常に大きい。注目部門の受賞結果だけを気にする視聴者の関心をつなぎ止めつつ、お互いの業績をたたえ、故人を偲び、歴史を振り返る、という年に一度の業界式典をつつがなく進行するためには、エンターテイナーとしての力量が試される。有能な司会者がいなければ、授賞式中継は一貫性を失い、中だるみだらけの結果発表会と化してしまう。
第60回という節目を迎えたエミー賞授賞式の目玉は、なんといっても司会者を5 人も擁したことだ。アメリカにおけるリアリティ番組の人気を受けて、本年度から新カテゴリーとして、リアリティ番組の司会者部門(Host For A Reality Or Reality-Competition Program)が新設された。そこで授賞式のプロデューサーは、ノミネートされた5名にエミー賞の司会者を任せる大胆なアイデアを発案。5名に相次いで司会をさせることで番組に変化が生まれるし、最後で結果発表が行われることになるから、番組に良いサスペンスが生まれると判断したのだろう。かくして、「アメリカン・アイドル」のライアン・シークレストをはじめ、「プロジェクト・ランウェイ/NYデザイナーズ・バトル」のハイジ・クラム、「サバイバー」のジェフ・プロスト、クイズ番組「Deal or No Deal」のホーウィー・マンデル、「Dancing With the Stars」のトム・バージェロンという有名司会者たちが一同に集結。エミー賞を大いに盛り上げてくれるものと期待されていた。
しかし、これが致命的な判断ミスであったことは、開始早々に発覚する。オプラ・ウィンフリーに続いて司会者5人が勢揃いしたオープニングトークは、観客に冷や汗をかかせるほどのお寒い出来で、楽しいはずの授賞式をいきなりぎこちない雰囲気にしてくれた。そもそも、彼らはリアリティ番組の進行役であって、コメディアンではない。司会進行が5人になったところで、5倍面白くなるはずもないのである。互いが干渉し、遠慮しあうから、昨年シークレストがピンで司会したときよりも、さらにレベルが落ちていた。授賞式のプロデューサーは、人気リアリティ番組の看板司会者を5名集めることでドラマなり化学反応なりが生まれることを期待していたのだろうが、彼らが人気者である理由は番組コンセプトのおかげであり、各自の個性や能力は無関係であるという事実を、図らずも露呈させてしまった形である。
一番の笑いを取ったのは、米英を代表する2人のコメディアン

どんよりとした雰囲気を救ってくれたのが、イギリスのコメディアン、リッキー・ジャーヴェイス(「The Office」)だった。昨年、「エキストラ:スターに近づけ」で主演男優賞(コメディ・シリーズ部門)を受賞した彼は、今年は監督賞のプレゼンターとしての登場。しかし、プレゼンターとしての職務を放棄して、ジャーヴェイスは客席にいるコメディアンのスティーヴ・カレルに詰問を始める。ジャーヴェイスは昨年の授賞式を欠席したため、同じカテゴリーでノミネートされていたカレルがトロフィーを預かっていた。しかし、いまだにトロフィーを受け取っていない、とジャーベイスは主張する。
客席に座るカレルに向かって、トロフィーを渡すようにジャーヴェイスは懇願する。
「恩知らずじゃないか。誰のおかげで今のキャリアが築けたと思っているんだ?」と、カレルがアメリカ版「The Office」で人気者になったことをチクリと刺したり、「『エヴァン・オールマイティ』まで見てやったのに、『ゴースト・タウン』(ジャーベイス主演映画)は見てくれてないだろ?」と、カレル主演の大コケ映画を例に出したり、言いたい放題だ。真顔で無関心を装うカレルに、ジャーヴェイスは得意の居心地の悪いユーモアセンスを発揮させ、ライブ版「エキストラ:スターに近づけ」をやってのけたのである。3時間に及ぶ授賞式において、会場のノキア・シアターがもっとも盛り上がった瞬間だった。
言うまでもなく、これは周到に打ち合わせされたコントだ。しかし、やり直しの効かない生放送において、即興を取り入れつつ、これだけの笑いを引き起こすスキルはさすが。準備期間がたっぷりあったにも関わらず、結局、オープニングトークのネタをひとつにまとめることができず、エミー賞本番では時間潰しに終始した司会者5名とは大きな違いである。
来年のエミー賞授賞式は、ぜひともリッキー・ジャーヴェイスに司会をお願いしたいものだと思う。










